実家を出てから食事は自炊で、まあそれなりにいろいろな料理を作ってきたのであるけれど、たぶん、いちばん作った機会が多いのはご飯であると思う。
ご飯。料理全般を指しての総称としての意味ではなく「炊いた・白米」ということである。
ぜんたい、私はご飯党で、一人暮らしを始めた当初は四ヶ月くらい炊飯器を購入せずスパゲッティを常食としていた時期もあったのだけど、だからこそ自分で炊いたご飯と舌がファーストコンタクトを果たした時にはやっぱり感動したものである。好き好き大好き超愛してる。みたいな感じである。
そんな私であるからテレビ・岡山放送さんの企画で芸能人の方が宇治で田植えに挑戦する、という情報を耳にしていてもたってもいられずに光の速さで現場にダッシュ。挙句ちゃっかり一緒に田植えを手伝わせてもらってしまった。僥倖である。テレビにも写させてもらった。はしゃいだ気分になる。

ここに植えます。

ここに植えます。

田植えと一口にいってもいろいろあると思うのだけど、今回は手植えである。

繰り返しになりますがここに植えます。手植えで。

繰り返しになりますがここに植えます。手植えで。

一定の間隔を開けて規則的に苗を植えていかなければならない。中学生だか小学生だかの頃、数学(或いは算数)のテストで図形を作図しなければならない問題に相対した際に定規を忘れていたことに気が付き目測で乗り切った過去を持つ私ではあるがこのように広大な田んぼの中で、全体を俯瞰もできないのに正確な作業ができる訳がない。
そこで登場したのが田植え用の便利紐。一定の間隔で目印の付けられた紐で、これを田んぼの端から端へ渡し、あとはその目印の場所に苗を植えるだけできれいに田植えができるという便利な紐なのである。

出た!これが噂の便利ひも

これが噂の便利ひも。引っ張っているのは田植えを教えてくれた信原さん

便利紐さえあれば田植え恐るるに足らずということで早速田んぼに足を踏み入れると泥の中に長靴は沈んだ。ずぶずぶずぶ。足が田んぼに食われるみたいだと思った。
田んぼなんて見た感じ泥だしそれは柔らかいだろうなとは思っていたのだけれどやっぱりマジに足が沈むとけっこう狼狽する。なにより沈んだ後に引き抜けない。ピンチである。

稲。風が吹くと気持ちよさげに揺れます。

稲。風が吹くと気持ちよさげに揺れます。

無理矢理に引き抜こうとすると太ももの付け根、股関節の辺りがひび割れるような気がする。これはやばい。そこで思い出したのがこんなこともあろうかと以前地域の方に伺っていた田んぼの歩行術。足全部を抜くのではなく、まずはかかとを上げてそれからつま先を抜く。抜けた。すごい。経験に基づく知恵。
便利紐。歩行術。これだけ揃えた私に不可能はない。シュビシュビ、っと水に手を突き込み土に苗を差し込む。これがなかなか楽しい。カエルとかアメンボとかが泳いでいるのもなかなか、おつである。

うひゃあ植えてる

うひゃあ植えてる

なかなかきれいに植えています

なかなかきれいに植えています

で、気分良くやっていたのだけれど、芸能人の方二名と一緒に作業しているというのに便利紐一列分を植えるのだけでもけっこうな時間を要する。一時間半で三列。しかも私がぶっちぎりで遅い。

お昼に出てきた宇治町産コシヒカリ・黒米・もち麦のおにぎり

お昼に出てきた宇治町産コシヒカリ・黒米・もち麦のおにぎり

途中、昼休憩も挟んで、夕方近くまで作業を続けたがなかなか終わらない。
実際、この規模の田んぼを手植えで済まそうとすると、経験者が二人がかりでも一日以上時間がかかるという。ヒエーッ。大変な作業である。
最後には、地域の方が田植機を準備してくださり、私はそれが力強く苗をぶち込んでいく様子を見守ることにした(芸能人の方は田植機にも挑戦されていた)。あっという間である。
でも、その様子を見ても、これまで手で植えてきたことが無駄だったとは思えない。結果より課程が大事、とかいう話ではない。

植え終わった様子。雨も降りましたが無事終わりました

植え終わった様子。雨も降りましたが無事終わりました

話によれば昔はお百姓さん皆が手だけで苗を植えていた時代もあるという。まじ?
で、そういう時代の先に機械化があって、私はこの田植機の背後に、手作業でこの田んぼに苗を植えてきた幾人ものお百姓さんの姿を幻視するような気がするのである。
誤解のないように述べておくと、手植えも肉体的には決して楽ではないはずなのに疲労はほとんど感じなかった。楽しかったし精神的に充足していたからだと思う。
苗一本、米一粒に潜む歴史のドラマを垣間見たようで、自分でも何を言おうとしているのかよく分からないままに、お米のことがもっと好きになる貴重な経験であった。

ぼくもお米は好き好き大好き超愛してる。げこげこ

ぼくもお米は好き好き大好き超愛してる。げこげこ