帰省した時、筆者の実家の悩みは親父の定年後の話題で持ちきりだった。定年後、家でゴロゴロするのではないかと、母は悶々と定年までのカウントダウンを過ごしていた。無事に親父は近所のリサイクルショップで働いてくれたので一安心していると聞くが、以前より長く家にいるため、ストレスが溜まるらしい。

そんな実家の両親に伝えたいくらい、2人で協力して定年後の暮らしを始めた夫婦が高梁市川上町にいる。「きまぐれさ〜ん磯崎」というユニークな屋号でお菓子を作る磯崎さん夫婦だ。
定年後、楽しそうに仕事をしている二人の話を聞き、早速取材を申し込んだ。

取材当日、聞いた場所に行くとお菓子屋さんらしい場所は見つからない。
「こっちこっち」と手を招く奥さんを見つけ、駆け寄ってみると牛乳屋さんの看板の片隅にある小さな工房に気がついた。

こちらがきまぐれさ〜ん磯崎のお菓子工房

畳二畳くらいの小さな加工場で夫婦が役割分担をして作業している。はじめに小さな工房に驚いたが、さらに驚いたのがご主人が揚げているフライヤー。なんと家庭用の小さなフライヤーが一台。聞けば一度に20枚しか揚げられないのだという。この空間、筆者がこれまで思っていた菓子製造業のハードルをググッと下げられた。

設備にお金をかけることなく、自分たちができる範囲で作業している

空いている時間を使って、かりんとうの製造をしている磯崎さん夫婦。クッキーや焼き菓子まで手を広げず、孫の子守が最大優先。孫と過ごす時間をとても大切にしている。

かりんとうも孫のおやつとして、喜んでもらおうと作ったのがきっかけだった。
地元の安心・安全な材料で、服も汚れない・手も汚れないという優れもの。このかりんとうを「孫だけに食べさせるのは勿体無い」と思い、いろんな人に知ってもらおうとお菓子作りを始めた。

孫が書いた絵をパッケージに使用している

屋号の「きまぐれさん」は孫の世話が最優先で空いている時間に作るため、気まぐれということが由来。自分たちにもプレッシャーを与えないことで、体と心の負担を減らしている。
主人が定年後に何もせず、ボケられても困るので巻き込んだと笑いながら話す順子さん。設備や販売規模など長く続けられるような工夫がいたるところに見られる。

瀧男さんは牛乳屋を営んでいた。

昭和52年に愛知県からUターンし実家の牛乳屋を継いだ瀧男さん。その後、時代の流れで牛乳の販売数も年々減少。腰痛や怪我など肉体的にも厳しくなり、平成26年末、65歳の定年を迎えるタイミングで廃業した。そして、自宅のスペースを60万円ほどかけて改装し、菓子製造業の許可を取った。

工房では瀧夫さんが揚げる担当、順子さんが生地を作る担当だという。

揚げたてを一枚頂いたが、パリパリでとても美味しく、どこか懐かしい味わいだった。米油を使っているので、油で手が汚れないという。
川上町の卵やきな粉、松原町の神原ごぼう、吹屋の醤油・みそ、高梁市川面のおからなど顔の見える生産者から材料を仕入れ、みんなが元気になるように思いを込めて作られている。

定年からチャレンジすれば、時間と心にゆとりがあるので気を張らないしマイペースにできると第二の人生を楽しんでいた。

孫の世話を最優先に、忙しくなりすぎない程度に頑張っていきたいと意気込む磯崎さん夫婦。工夫された工房とその明るく前向きな姿勢は、これから定年を迎える人だけではなく、お菓子作りを始めたい人に勇気を与えるチャレンジだと感じた。
小さな工房でマイペースに生き生きと働く2人の取り組みを今度、実家に帰省したら話そうと思った。

https://www.facebook.com/きまぐれさん-磯崎-915962821879270/