我が家の窓には網戸がない。もともとついていたようだけれど外されてしまっている。
これまで「このまま夏になったら部屋のなか蒸し風呂みたいになってやばいですよねー」とか言って笑っていたのだがついうかうかしているうちに時間は流れ町は初夏みたいな雰囲気になってきて、本当に室温がぐんぐん上昇してきた。
これは笑い事ではない。このままでは部屋のなかで肉まんになってしまう。聞けば網戸はホームセンターその他で調達できるという。肉まんにはなりたくないので押っ取り刀で町に出た。
それにしても暑い。高梁市は今年もう既に何度か気温全国一位を記録している。どこの都道府県よりも気温が高い。日本でいちばん暑い夏なのである。
迂闊なことに筆者は今朝、冷蔵庫に赤ワインしか入っていないことに絶望し水分補給をしないまま家を出てしまっていた。喉からからである。このままでは開いたアジの一夜干しもとい一昼干しになってしまう。
そうして歩いているうち目の前の高梁駅舎がぐるぐる回り始めた。道路もぐにゃぐにゃしている。めまい。もうだめだ。朽ちる。その時「観光案内所」の文字が目に飛び込んだ。
記憶のなかの観光案内所と場所がちがう。ああではこれも目眩がもたらす回転か、あるいは幻覚の一種なのかと流す涙も乾いた哀しさ、足を踏み入れれば目の前にあるのは高梁名物「方谷ゆべし」。
どうせ朽ちゆくこの身なら、やけのやんぱち日焼けのなすび、色が黒くて食い付きたい、と口に運ぶと意に相違してとてもおいしい。もう一つ、猿せんべいを食べてみる。これもおいしい。意に相違して。相違ついでに並んでいる高梁紅茶も、これだって筆者は大好きなのでぜひ飲んでみたいところだけれどあいにくとティーポットの持ち合わせがない。
それにしてもこれが幻覚だとは思えない、まっこと、不思議千万、奇々怪々。これどういうこと。居合わせた所員の方に聞いてみた。
「あのー」
「はい」
「ここって観光案内所ですよね」
「そうですよ」
「あっ。やっぱり。えっでも、前は場所ここじゃなかったですよね」
「移転して、六月からこちらで運営しているんですよ」
なるほど。納得である。
聞くと、以前の案内所では物品の販売はしていなかったそうで、名産品の数々は移転後に陳列されたものなのだそうである。英断である。危うく干し芋になるところを救われたのだから感謝してもしきれない。
名産品の数々、と書いた通り、販売しているのはゆべし、猿せんべい、高梁紅茶だけではない。
黒米、備中宇治茶は筆者の居住する宇治で作られたものだし、東京・銀座界隈で愛好者を増やしているらしいと噂の銀杏だれ(我が家でも肉料理に豆腐の冷や奴にと大活躍である)、他には様々な神楽グッズ。まずは備中神楽最中(あんこが非常においしそう)。それと焼き物の人形(かわいい)。
再び食べ物に話を戻して金平饅頭。これも美味な雰囲気満点である。所員の方も「美味しいですよ」と言う。やっぱりね。
移転以来、平日でも複数の問い合わせ、来客があるという。というのもここでは乗り合いタクシーの受付窓口をしていて、それに関連した連絡があったりするらしい。観光客の方は重宝するのではないか。
それにレンタサイクル。これは便利である。学生時代に野球部に所属していた筆者は己の体力を過信し市役所の辺りから歩いてスーパーに買い物に出かけて、遠いしペットボトル飲料ばかり買ったものだから重いビニール袋で指は痛いしで二十代も半ばを過ぎて泣きそうになった苦い経験がある。あの時レンタサイクルがあれば。遺憾である。
他にも荷物を預かってもらうこともできるほか、この中でのんびり椅子に座って休憩なんかもできる。
新生・観光案内所。また高梁に魅力あるスポットが誕生したことを頼もしく思い帰途についた筆者は帰ってから網戸のことをすっかり忘れていたことに気が付いて、自室で肉まんになりつつある。
【高梁市観光協会公式ホームページ 高梁市観光ガイド】
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