雲海のまち、岡山県高梁市。
夜と朝の寒暖差の激しい日には、町中が雲海に包まれる。
町中の住民にとっては、朝起きると外が曇って視界も悪い、霧の中の生活で
えらくうっとおしく感じる朝が続くので、雲海と聞くとまたこの季節がきたかとどんより天気を思い浮かべる人も少なくない。
しかし、寒さに負けずに早起きをして、標高300mくらいの場所に登ると、眼下に一面に雲の海と青空の世界に、心を奪われる。
さきほどのうっとおしさが嘘のような美しい世界が広がっている。過ごす場所によって感じ方が違うのも雲海の面白さである。
私にはお気に入りの雲海スポットがある。特別秘密の場所というわけではなく、高梁市民だったら「あぁ、あそこね」というくらい知れ渡っているのだが、見慣れた雲海をわざわざ早起きして行く人も少ないので、自分一人のとっておきの場所のように感じている。
備中松山城の雲海が見渡せる展望台もお気に入りの場所だった。
テレビというものはすごいもので、数年前ワイドショーで紹介されたのを皮切りに、閑古鳥だった展望台に大勢の観光客が押し寄せるいわゆる「天空の城ブーム」なるものがおこってしまった。高梁市は大喜びで、展望台を増設してさらなる観光客の呼び込みに必死であるが、私はお気に入りの場所がひとつ無くなってしまい複雑な心境だ。応援していたアイドルの卵が有名になってしまい、有名になる前は素朴でいい子だったのに人気が出たら態度は変わり、好きな気持ちはなくなっていた。そんな気分だ。
やはり雲海は、ゆっくりじっくり眺めるのが良い。
誰もいない場所で、雲海を見ながらボーっとする。
ボーっとするならイスがあるといいなとか。
イスに座って雲海を眺めると体が冷える。
そうだ、コーヒーを飲めば温まるとか。
パンでも持ってきたら朝食になるとか。
脳内再生したら贅沢な朝のひと時が広がった。
先日、雲海を見たいと泊まりで高梁までやってきた物好きな都会の友人を引き連れて、
脳内で再生された世界をやってみることにした。
前日の夜にカセットコンロやコップ、パンを放り込む。ヤカンと水も必要だ。
何かと準備が多いのがネックだが、仕方ない。
【準備物】
机・イス・ヤカン・カセットコンロ・水・コップ・パン(あればハチミツ)・コーヒー・ドリップセット・お菓子
我が家から雲海が見える場所までは約30分。準備も含め、6時に起床し、7時到着を目指す。本当は朝日が昇るところも見たいのだが、本来の目的は雲海なのでそこまで頑張るほどでもない。あまり頑張りすぎると、楽しさより疲労が勝ってしまい、持続しないので極力のんびりを貫くことにした。
当日、寒さに打ち勝ちひと気のない雲海ポイントに到着。
やはり、雲海の独占は気持ちいい。手際よくテーブルと椅子をセットし、湯を沸かす。
この日のために我が家のコンロに居座っている野田琺瑯のケトルを引っ張り出して置いてみた。
都会を意識した少し背伸びをしたお洒落な空間がそこに広がった。
あとはのんびり、たわいもない話をコーヒーを飲みながら過ごす。
時折、地元の人が軽トラで通り、後ろから物珍しそうに声をかけてくる。
雲海コーヒーです!と自信満々に話すが、怪訝そうな表情からは
また、面白い(変な)ことを始めたなと内心思われているに違いない。
忙しいからこそ、頭を空っぽにできる時間を持ちたい。
書きながら思ったが、空っぽという時には「空」という漢字が使われている。
きっと漢字を作った人も空を見ながら無心になっていたのだろう。
これまでは、海を見ながらビールでも飲んで語りたいと海の生活に憧れて過ごしていたが、高梁の雲海も悪くない。
また雲海コーヒーをやろう!そう思った。