第3回 嗤う夫婦岩

高い所は昔から好きでした。
例えば高層ビル。絶対に開かないっぽい窓から下を覗くとミニチュアみたいな車が嘘みたいな滑らかさで路面を流れてゆく。例えばモノレール。私は先頭か後尾の車両の外がよく見える位置にしか乗らない。例えば公園のベンチの上。靴は脱いで上がる。
一般に高い所といえば、まあ気分が盛り上がる、というか、開放感がある、というのか、とにかく爽やかでポジティブなイメージがあるのに、だから高い所が好きな人は多分ほがらかであるはずなのに、どういう訳か私の性格はちょっと暗め。
これってどういうこと。
もしかしたら私は本当の意味で高い所が好き、ではないのかもしれぬ。自分を見つめ直す時が来ているのかもしれない。
もういちど高い所に登ってみよう。ブランニューな私に出会おう。
そう思い立ちいろいろ聞いてみたら地元の人は「成羽町の夫婦岩がやばい。なんかめちゃくちゃ高い。」みたいなことを言う。そうなのか。ならば行ってみよう。夫婦岩は私の救世主になるかもしれない。

沖島さんといっしょ

キャラメル気分で夫婦岩へ

写真に写っているのは成羽町の沖島さん。夫婦岩にまつわるエトセトラを案内して頂く。整備された林道を二人、はにかんで行く。

カニ食べ行くわけではない

カニ食べ行くわけではない

この林道は地元町民による「夫婦岩の会」がこしらえたものらしい。
「え?」思わず聞き返した。「作ったんすか?これ?地元で?」
作ったのである。全ては多くの人に夫婦岩を見てもらうため。ちなみに沖島さんのお父さん(夫婦岩の会の代表である)に恐る恐る聞いてみた。「地域の人にとって夫婦岩ってなんなんすか?」答えは「生きがい」。

困ってしまった。なに?そんなにすごいものなの?まじで?どうするのよ俺がそれ見てなんとも思わなかったら。だって岩でしょ?演出上「私の救世主」とか書いたけど本当はまじでそんなすごいものだとは思っていない訳じゃない?それで実物を前に無感動で「ほえーすごいっすねーこの岩」とか言ったら絶対に気まずいじゃん?

不安をよそにどんどこ沖島さんは進む。道中には鳥居がある。縁起が書いてある。厳かな雰囲気が漂い出しそれに伴い私の緊張も弥が上にも高まってくる。

作ったらしい

作ったらしい

うひゃあ鳥居

うひゃあ鳥居

石灰岩なのである

石灰岩なのである

この辺りにはアリジゴクがすごいいて、感動しました。

この辺りにはアリジゴクがすごいいて、感動しました。

林道を抜けると視界が開け、ついに夫婦岩が姿を現わした。
な。
な。
ホワット・イズ・ディス(なんだ・これ・は)。
切り開かれた崖に生い茂る緑色した無数の木々、向こうには成羽川の巨大な流れと対照的に遠くに小さく見える家々、そこに天を衝くような大きな岩が一つ。そして比較的小ぶりな岩が少し離れてもう一つ。

右側に写っているのが夫婦岩です

右に写っているのが夫婦岩です

 

右側が夫岩らしいです

横から。右側が夫岩らしいです

こんだ反対側から。左が夫岩

こんだ反対側から。左が夫岩

目を引くのはその大きさだけではない。岩の立ち姿、どういう均衡なのか定かでないが別の岩の上に直立不動なのである。ちょっと強い風が吹いたりしたらすぐに倒れて崖下に落ちてぶっ壊れてしまいそうなものなのだが、不思議とこのままの姿勢でずっと昔から立ち続けている。

岩の近くに小さな社も設営されていて、これはもう厳かパワー全快である。大自然の神秘、とかありふれた表現をすると逆に神罰が下りそうなくらいに雄大、畏怖すら感じる堂々たるお姿。私はもうすっかりやられてしまった。「岩」とか言っていたことが申し訳なくてこっそり「すみませんでした」と言った。昨年の三月、友人と車で東京から関西旅行に出かけ、運転してくれる友人を尻目に伊勢神宮で一人お神酒を飲もうとして思いの外本気で怒られた時以来の「すみませんでした」であった(お神酒は飲めなかった)。

びびりあがっています

びびりあがっています

写真だと伝わり辛いですが、この姿勢のまま十分経過しています

写真だと伝わり辛いですが、この姿勢のまま十分が経過しています

ちなみに少し上の方にある人の横顔に見える岩は「おばあさん岩」なのだそうである。まじか。

君にも見えるおばあさん岩。まじか。

これがおばあさん岩。まじか。

思えば今までの私は「高い所が好き」といってもそれは純粋な気持ちではなく、ラピュタで「見ろ!人がゴミのようだ!」って言っている時、みたいな、漠然とした根拠のない支配による抑圧から解放された優越感とか、ざまみろとか、そういう良くない感情が交じっていたのだと思う。
夫婦岩を見て、本当の高い所の爽快感、霊力を知ったように思う。拙文をご覧の皆さんもぜひ一度足を運んで見てはどうだろうか。おばあさん岩はいつでも待っている。

あみんではない

あみんではない