九州地方の方言で「夢の久作」といえば「夢想家」とか「夢ばかり見ている人」という意味であるらしい。
夢想家。夢ばかり見ている人。結構なことである。
アア・・・・・・最近いささか疲れ気味の筆者もいい夢がみたい・・・・・・どこかに転がっていないかしら・・・・・・
と山の中をブラブラしていると、吹屋の辺りがなんだか妙に明るいことに気が付いた。橙色の光がポツリ・・・・・・ポツリ・・・・・・と足元を照らしている。
果て・・・・・・・・・あれは・・・・・・・・・?
私がそのフシギな灯りの方へ歩いていくと・・・・・・まるで誘蛾灯に群がるムシにでもなった気分で・・・・・・・・・そこでは幾人とも知れぬ人間が、ベンガラで染めた浴衣みたようなものを着て、編み笠で顔を隠し、そうしてユウラリ・・・・・・ユウラリ・・・・・・・・・夢のように踊っていた。
・・・・・・顔も見えずに・・・・・・・・・踊りだけを考えているような身のコナシで・・・・・・
アッ・・・・・・吹屋ベンガラ灯り・・・・・・
私はそう叫んで辺りを見回した。するとそこには踊っている人々よりもずうっと数多く、人の波が寄せては返し、寄せては返ししている。
・・・・・・駐車場もいっぱいになっているな・・・・・・
とにかくすごい人の数であった。
私が見たものは、年に一度、吹屋で開催されるベンガラ灯りの、その会場で吹屋小唄を踊る、その名もずばり吹屋小唄踊り連の人々だったのだ。
ベンガラ灯りの期間中、吹屋の道路には一定間隔で手作り灯ろうが置かれ町並みを照らしている。一つ一つは小さいながら、百数十基も灯っているから、期間中の吹屋は非現実感たっぷりの幻想世界である。
夢のような灯りに照らされて、吹屋小唄を踊る編み笠の人の群れ・・・・・・・・・緩やかな吹屋小唄に合わせて・・・・・・・・・
そのスバラシサ・・・フシギサ・・・・・・
その時である。
ジュウ―――ッという音が聞こえたのでそちらの方を見てみると、鉄板で肉やらなにやら焼いている。屋台もあったのだ。高梁名物のインディントマト焼きそば、こんにゃくたこ焼きのほか、鶏肉の鉄板焼きや牛串、お団子などが販売されていた。
そのモノスゴイ匂いが私の鼻をつくと…・・・・・・私は思わずウ―――ッと熱い息を漏らし財布をカバンから取り出していた・・・・・・。モウお腹がぐーぺこであったので・・・・・・・・・。
買った食べ物を口に入れた刹那、私はアッ・・・・・・と叫んで独自の小躍りをした。
・・・・・・これはオイシイぞ・・・・・・・・・と思いながら・・・・・・・・・
吹屋ベンガラ灯りはトテモ幻想的で夢のようなイベントだった。また来年も遊びに来ようと私はかたく心に決めた。いっぱいになっていた駐車場からお客さんたちの車が飛び出してゆく、そのエンジン音が、
ブウウウウ――――ンンン―――ンンンン・・・・・・・・・・・・
ブウウウ・・・・・・ンンンン・・・・・・・・・ンンンンン・・・・・・・・・・・・
次第に遠ざかってゆくのを夢のうちに聞きながら・・・・・・・・・・・・・・・・・・